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バリ島の州都2 |
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もともとこのお寺はメングィの王様の家族寺だった。でも、最近はメングィ村の人たちのお寺になっている。ここのお祭りは1年に1度で、とても大きな祭りがある。ここのお寺では最近よくウェディングセレモニーが行われている。特にヨーロッパ、スペインの人たちが利用している。 かつてメングウィ王国の都があった。 そこにマルガ英雄墓地というものがある。マルガはオランダ軍との間で大規模の戦闘があった。グスティ・グラライ将軍率いる94人の部隊は、全員死ぬまで戦い続けたという。 ちなみにグラライという名は、グラライ空港の名前になっている。 マルガ英雄墓地には独立戦争で亡くなった人々の1372基の墓がある。 グヌンカウィは10世紀に建てられた。ジャワ島からきたヒンドゥー教の聖者たちが、もうジャワに帰りたくなく、バリ島にいるために、ジャワ島にあるプランバナン寺院と同じようなものを、石を彫って作られたものが、このグヌンカウィだ。なので、プランバナンととても似ているが、プランバナンはヒンドゥー教のお寺で、このグヌンカウィは石の壁画という感じ。グヌン=山、カウィッ=中心・昔、という意味なので、本当はグヌンカウィは、自分の中心を忘れないようにと言う意味で作られたものだ。だからジャワ島の自分の中心(もともとのもの)を忘れないように、石を彫って作られた。 バリ島最大の石窟遺跡。入り口から数百段にも及ぶ長い石段をおりてゆく。 しばらく進むと山の岩肌に彫られた高さ7mの記念碑が見えてくる。岩をえぐりぬき、門の ようになった最後の石段を抜けると、まず左の岩肌に王妃の陵墓。王の4人の妃の記念碑が並んでいる。 ティルタエンプルは聖なる水の湧く寺院として、バリ・ヒンドゥー教を信仰するバリ人にとっては重要な場所,10世紀〜14世紀に栄えたワルマデワ王朝の遺跡。タンパクシリンに位置し、この寺の内部には尊い聖水が湧き出る泉がある。聖なる水は今でも泉の底からは砂や小石を巻き上げながら湧き出している。 この聖なる水を引いた沐浴場が隣にあり、心身を清める為に使ったり、祈りを捧げる時に必要な聖水を汲んだりするとても重要な場所、伝説によるとインドラ神が大地を貫き、不滅の霊薬の泉として作ったといわれる。 水の下にある緑色の藻が、透き通った聖水にエメラルド色を与え、そして外のココナッツの木の緑の葉が水面に映り、とても神秘的に感じられる。また、この寺院には、ヒンドゥー教の三大最高神のひとりであり、「雨を司るインドラ神」より位が上の「水を司る神 ヴィシュヌ神」が祭られている。 バンリにあるクヘン寺院。11世紀頃、スリ・プラフマ・クムティ・クトゥによって建立されたものといわれ、バンリの北外れ、小高い丘の上から町を見下ろすように建っている。 石彫りに飾られたテラスに目を奪われる。ワヤン登場神を掘り込んだもので、これを見ているだけで来たかいがある。テラスの石段を上りきった先の境内は、3段に分かれている。 外境内に涼しげな木陰を造っているには、樹齢600年を越えるという巨大なバンヤン樹だ。なお奥境内には、11層のメルやヒンドゥー3大神、ブラフマ、シヴァ、ヴィシュヌ を祀る祠があり、神聖な雰囲気である。 クボ・エダン寺院 地元では「ペジェンの巨人」の愛称で知られる「踊るビマ像」が安置されたヒンドゥー寺院。高さ3.6mのビマ像は13〜14世紀頃のもので、威圧感のあるその姿は死の舞踊を体現している。死人の上に乗り、足首や手首にはヘビが巻きつき、顔に仮面をつけてポーズをとる姿は、マハーバーラタの有名な一場面。 プナタラン・サシ寺院 6大寺院の一つといわれている。「ペジュンの月」といわれている巨大な銅鼓が安置された。 寺院左奥の祠の上に祀られている銅鼓は紀元前3世紀頃のものとされ、東南アジアの青銅器時代を代表する遺物。直径160cm、高さ186cmという大きさで青銅製の銅鼓としては 世界最大で、表面には人面や幾何学模様が描かれており、歴史的にみてもとても貴重だ。 ペジュン村にはある神話が今も語り継がれている。 古代バリには13個の月が空に輝いていた。あるときその中のひとつが村に落ちてきてヤシの木に引っかかってしまった。昼夜を問わず、村が明るいままになってしまったため、 夜になっても仕事ができず困っていた泥棒のひとりが、なんとか灯かりを消そうとし、 木に登りオシッコをかけることにした。が、オシッコがかかった瞬間に月が大爆発した。 泥棒は死に、月は地に落ちた。これが「ペジュンの月」の伝説で、銅鼓の底が割れているのは、このせいだといわれている。 |
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